2012年11月-水力発電のはじまり

マレーシアでは現在、発電方法として水力や石炭火力などが利用されている。なかでも水力発電は自然の水が豊富でもあることから、主要発電方法のひとつに挙げられ、マレーシアでの最初の発電所も水力であった。今回は水力発電所第1号の歴史に光を当てる。

金鉱山と電気

マレー半島に電気が初めて導入されたのは、1894年。スランゴール州ラワンで小規模なスズ鉱山を営んでいた富豪、陸佑(ロック・ユー)らが鉱山開発のために発電機を導入したのが最初だ。この直後にラワンの一部では街灯も導入されたという。その後、電気は1895年にクアラルンプール駅でも導入された。

初めて電気が利用されたのはスズ鉱山開発だったが、実は本格的な電気の利用は、金鉱山開発のためであった。マレー半島での金はスズと同じくらい歴史が長く、16世紀には現在のパハン州で金の採掘が記録されている。なかでも金鉱山として有名だったのが、パハン州ラウブ地区。欧米人の間でも有名で、彼らはここの金鉱山開発に投資していった。19世紀以降、数々の会社が金鉱山に投資したが、なかでもラウブ・オーストラリア・ゴールド・マイン社が金鉱山開発に初めて水力発電を取り入れたのだった。

発電を目指して

同社は1889年に豪州で設立され、ウィリアム・ビッビー氏がジェネラル・マネジャーに就任。パハン州から1万2000エーカーの土地を50年間の契約で借り入れ、採掘していた。

ウィリアム氏はすでに95年に効率化を図るため、金鉱山開発での電化計画を株主に提案。しかし、資金や技術面での不安から却下された。株主らは2年後、電力の重要性を認識したのか、電化計画を了承。同氏は早速、水力発電所の建設に取り掛かった。

マレー半島初の水力発電所建設は97年から3年かけて行われた。金の採掘場は人里をかなり離れた山奥にあり、発電所建設地の森林伐採と道路の敷設作業から始まった。資材や電気機器などを運び込むため、ジャングルを切り開いて十数キロの道路を敷設。近郊のスンパム川でのダムや橋、用水路、管路などを建設していくが、大雨が降ることが多く、労働者がマラリアにかかるなどして周辺設備のみの完成だけで2年を要した。

ウィリアム氏は工事が始まると、パイプラインの発注のため、ロンドンに向かった。購入したパイプラインの到着は英国でのストライキや船による運搬のため、マレー半島の港まで予想をはるかに超えて、1年以上を要した。さらに、当時は重い荷物の運搬方法は主に牛だったが、記録では多くの牛が牛疫や口蹄疫にかかり、使用できる頭数が激減。牛使いの賃金も数ヵ月前より2倍に上がり、ラウブの50キロ先にあるクアラ・クブ駅からの運搬にはさらに数ヵ月を要した。また、99年初頭には発電所に設置する電気機器をロンドンの電気業者に発注。一機5トンの重さの発電に使う電気機器6機を橋や道路の補強をしながら運搬し、約3ヵ月かけて同駅から発電所まで運んだ。

出力224キロワットのスンパム発電所は1900年2月に完成し、6月頃に運転を開始した。以後、金鉱山での採掘は年間産出量1トン以上に達し、現在でもマレーシアの主要な金鉱山となっている。この水力発電所は100年経った今でも動いている。

*本来、参考文献などを挙げる必要がありますが、誌面の都合上、割愛しております。ご了承ください。

葉一洋

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